今思うと、当時はそれほど大騒ぎされたわけではなかった気がする。
それでも仲の良い友達がかなり早くに購入していたため、横でプレイを見ながら、一緒に次はどうすれば良いのかなど考えたものだ。
当時は容量の問題で、勇者の横向き、後ろ向きのドット絵を用意できなかったとか、ゆきのぶとしたかったところを濁点を諦めゆきのふにしたなど、苦労しながら詰め込んだのだそうだ。
当時友達と一緒にプレイしていたころ、3人の賢者の事を、まったく関係のない「ゆきのふ」とかじゃないかとか言っていたものだ。
さて、ファミコン版Ⅰでの思い出はたくさんある。
Ⅰは1対1の戦闘なので、ラリホーの有り難みがハンパなかった。
少し無理して橋を渡り、ラリホーを駆使してレベルを上げた。
いわゆる便利ボタンがなかったので、とびら→みなみで扉を開けたり、はなす→にしで人と話したりと、まあ手間がかかっていた。
ダンジョン内で、たいまつやレミーラが無いとMAPが分からないというのも、自分は好きだった。
誰が作ったか分からないようなダンジョンで灯りが付きっぱなしだったり、ましてや竜王の城などで、ご丁寧に灯りが付きっぱなしで、勇者のような侵入者を障害なくうろつかせるなど、もっての外。
Ⅱ以降ではダンジョンが複雑化していったが、さすがにそれで様子が見えないとなると、それだけで難易度が5倍くらいに跳ね上がる気がする。
また、Ⅰでは鍵は買うもので、6個しか持てなかったのも印象深い。
そして、城や町で一見行けなさそうなところを歩いて行くことができ、その先に何かがあるというのは、シリーズ共通のお約束事項となっている。
これがあるから、Ⅱ以降初めての場所に着いたら、隅々まで調べまくるクセがついてしまった。
その他、妖精の笛やゴーレム、王女の愛、「お楽しみでしたね」などなど、よくまあこれだけのものを、当時のROMに詰め込んだものだと、改めて思う。
ついでに、SFCもプレイしたが、全く覚えていない。
相当プレイしやすくなっていたはずだが、やっぱりⅠはファミコン版が最高なのだ。
ふっかつのじゅもんも、この程度なら問題なしだ。
自分が死ぬまで、ナンバリングタイトルはあとどのくらい出るのだろうか。
当然、全部プレイするつもりだ。
世界の半分欲しいかといわれても困る度:★★★★☆
もちろん素手でクリアし結構嬉しかった度:★★★★☆
今でも楽しめる度:★★★★☆